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汚い親父とやらないと幸せが分からない

日記

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掲題の文言は大森靖子の「パーティードレス」の歌詞の抜粋なんだけど、分かったらだめなだと思うけど分かる。分かるときと分からないときがある。外にいるときは分かるけど家にいると分からなくなる。家から一歩でも外に出ると、そこは自分自身じゃなくて自分が何を持ってるかを見られる世界だけど、実際手ぶらで生きてるから自らをえぐって他人に分け与えないと自信が持てない。っていう気持ち。アンパンマンのマーチは「何のために生まれて何をして生きるのか それにこたえられない そんなのは嫌だ」って歌ってるけど、アンパンマンみたいに自分の身をえぐりとって恩を着せることが出来たら何のために生まれたのかとか考える必要は多分ない。歌舞伎町の女の子はアンパンマンになれない代わりに汚いおっさんとやって生きてるのかもしれない。

記憶が正しければ汚いおっさんとやったことないけど、汚い親父とやらないと幸せが分からない的感情は10代のときめちゃめちゃあった。けどちょっとずつなくなってしまってる。10代って自分が何者なのかよく分からないしそこに意味を持たせないと不安で手首切っちゃう年代だけど、才能がないから大人になっても仕事してると汚い親父とやらないと幸せが分からない的感情が顔を出してくる。才能がないから仕事してても自分の技能で誰かが幸せになってるって実感全然得られなくて、汚い親父とやれば救われそうだなって思う。比喩的に。男前とやるんじゃ全然意味なくて、自分の大事にしてる持ち物を他人に分け与えないと自信にならない。全然がんばってないことでめっちゃ褒められても別に嬉しくないのと同じ仕組みで。

でもやっぱり汚い親父とやるとか絶対嫌だし、大人だからそんなことしなくても自分が何者かある程度分かってるし寝て起きたらちゃんと会社行ける。そうやってがんばってるうちに自分でも気づかないところで擦り減っているかもしれなぃょ。。って高校生がフォローしてるTwitterの名言bot的な奴のツイートみたいなこと書こうかと思ったけどそんなこと1ミリも思ってないからやめた。大人だから汚い親父とやらなくても自分を慰められる方法2億個くらい知ってる。大人になってよかった。